映画館の音は、どこで観ても同じというわけではありません。
同じ作品でも、スクリーンが変われば、使われているスピーカーや音響システム、劇場ごとの調整も変わります。
映画館の音響には、Dolby Atmosのように複数の映画館で採用される共通の方式もあれば、SAION、FLEXOUND、Sculpted Surroundのように、特定の映画館やスクリーンで採用されている独自性の強い設備もあります。
ただ、こうした名前は並べて見ても違いが分かりにくく、単純に性能を比較できるものでもありません。
そこで今回は、細かな仕様を並べるよりも、それぞれが何を特徴としている音響なのかを中心に見ていきます。
映画館の「独自音響」とは
ここでいう「独自音響」は、正式な共通規格の名前ではありません。
映画館チェーンや個別の劇場が独自に導入している音響システム、特定のスクリーンだけに採用されている特徴的な設備などを、まとめてそう呼んでいます。
ただし、その中身はかなり幅があります。
劇場全体の音響システムに名前が付いているものもあれば、スピーカーの配置に特徴があるもの、座席そのものから音や振動を伝えるものもあります。
そのため、「独自音響」という一種類の設備があるというより、映画館ごとに違う考え方で音を作っていると考える方が近いでしょう。
5.1ch・7.1chとは少し違う話
映画館では「5.1ch」「7.1ch」という表記もよく見かけます。
これは主に、音声をどのようなチャンネル構成で再生するかを示すものです。
一方、SAIONやSculpted Surroundなどは、それだけでは説明できないスピーカー構成や劇場内での音の届け方、音響調整などを含んでいます。
実際、Sculpted Surroundが「7.1ch」と併記されるスクリーンもあります。
つまり、7.1chだから独自音響ではない、独自音響だから7.1chではない、という関係ではありません。
両方が同時に存在することがあります。
SAION ― パワーとレスポンス、作品ごとの音作りを重視
SAIONは109シネマズ独自のプレミアムサウンドシステムです。シアターに合わせたカスタムスピーカーを使い、大音量でも歪みにくく、小さな音も明瞭に再生することを重視。Q-SYSによる音響調整にも対応し、映画だけでなく大規模な音楽ライブにも対応できることを特徴としています。
SAIONの特徴を一言で見るなら、「どのような音でもしっかり鳴らし、作品に合わせて調整する」方向が強い音響です。
109シネマズ自身も、大規模ライブへの対応をSAIONの特徴として挙げています。つまり「ライブ映像に向いている」という性格は、坂本龍一氏が監修したSAION -SR EDITION-だけのものではありません。
もちろん、ライブ専用の設備というわけでもありません。映画の静かな台詞から大きな効果音まで、幅広い音を明瞭に再生することを狙ったシステムです。
SAION -SR EDITION-は何が違う?
109シネマズプレミアム新宿では、SAIONをベースにした「SAION -SR EDITION-」が全シアターに導入されています。
こちらは坂本龍一氏が監修した仕様で、SAIONの考え方をさらに発展させたものです。
興味深いのは、109シネマズプレミアム新宿の一部スクリーンでは、SAION -SR EDITION-とDolby Atmosが併存していることです。
SAIONそのものをDolby Atmosの代わりと考えるのではなく、劇場側の音響システムと、作品の音を再生する方式が重なっていると見る方が分かりやすいでしょう。
FLEXOUND ― 座席そのものから音と振動を伝える
FLEXOUNDは、スピーカーを内蔵した座席から音と振動を直接伝えることが最大の特徴です。劇場のスピーカーだけで音を聞くのではなく、座っている椅子自体が音響の一部となり、体でも音を感じられる仕組みになっています。
これは他の独自音響と比べても、違いをかなりイメージしやすい設備です。
SAIONやSculpted Surroundが劇場内のスピーカーや音場を中心に考えているのに対して、FLEXOUNDは観客のすぐ近く、座席側に音響を加えるという方向性です。
ローソン・ユナイテッドシネマ STYLE-S みなとみらいでは、全座席にFLEXOUNDが導入されています。一般座席については追加料金なしで利用できるのも特徴です。
ただし、FLEXOUNDだけで劇場の音響が成立しているわけではありません。
通常の劇場用音響と組み合わせて使われるため、これも「5.1chや7.1chの代わり」というものではなく、従来の劇場音響に座席側の音を加える設備と考えると分かりやすいです。
Sculpted Surround ― 「良い音で聞ける席」を広げる
Sculpted Surroundは、スピーカーと独自の設置方法によって、音のスイートスポットを広げることを狙った音響システムです。中央付近の一部の席だけでなく、より幅広い座席で高品質な音を楽しめるようにすることが特徴です。
ここがSAIONとの違いを理解しやすいところです。
SAIONがパワーやレスポンス、作品ごとの音響調整などを強く打ち出しているのに対して、Sculpted Surroundでは、劇場のどこに座っても良好に聞こえる範囲を広げることが前面に出ています。
もちろん、SAIONでも座席ごとの聞こえ方は考慮されますし、Sculpted Surroundにも調整は必要です。
完全に別の種類というわけではありませんが、各社がどこを特徴として打ち出しているかを見ると、違いはかなり分かりやすくなります。
Solaシアターでは、さらに劇場独自の音作りが加わる
グランドシネマサンシャイン池袋のシアター10では、もともとSculpted Surroundを導入したスクリーンを、音響監督の岩浪美和氏がさらに調整し、「Solaシアター」としています。
Solaシアターでは、日本語の台詞や歌声を美しく響かせることをコンセプトの一つとして、測定だけでなく最終的には耳でチューニングしたと説明されています。
ここは独自音響の境界が曖昧なことをよく示しています。
Sculpted Surroundという音響システムがあり、そこに劇場独自のチューニングが加わり、「Solaシアター」という別の特徴が生まれている。
映画館の独自音響は、必ずしも一つの設備名だけで完結するものではありません。
VIVE AUDIO ― 前から後ろまで音を均一に届ける
Christie VIVE AUDIOは、客席の前方から後方まで、できるだけ均一な音圧で音を届けることを特徴としたシネマ用音響システムです。
高音域にはリボンドライバー方式を採用し、一般的なスピーカーシステムより広いリスニングエリアを確保することを狙っています。イオンシネマ座間では、通常のシステムと比較して約4倍の広さの理想的なリスニングエリアを実現すると説明されています。
ここだけを見ると、Sculpted Surroundに少し近い考え方にも見えます。
どちらも「特定の良席だけではなく、広い客席へ良い音を届ける」方向を持っているからです。
ただ、Sculpted Surroundがスピーカーとその独自配置によるスイートスポット拡大を前面に出しているのに対し、VIVE AUDIOではリボンドライバーを使ったスピーカーそのものの性質や、前後方向の音圧の均一さが具体的に説明されています。
VSound ― 音響に「振動」を加える
同じイオンシネマ座間の10番スクリーンには、VSoundも導入されています。
VSoundは、映画の音に自然な振動を加え、体でも音を感じさせる体感音響システムです。
この点ではFLEXOUNDに少し近い性格があります。
ただし、同じスクリーンにはVIVE AUDIO、ULTIRA、4Kプロジェクターも導入されています。つまり、音を鳴らすVIVE AUDIO、振動を加えるVSound、大画面のULTIRA、映写設備が一つのスクリーンに共存しています。
映画館の設備を一つずつ分類しようとすると分かりにくくなるのは、このためでもあります。
実際には、複数の設備を組み合わせて一つの上映環境を作っていることが珍しくありません。
固有名がなくても、独自の音響はある
一方で、SAIONのようなブランド名が付いていない独自音響もあります。
TOHOシネマズのプレミアムシアターでは、劇場に最適化したカスタムスピーカーを採用しています。
TOHOシネマズ日比谷のSCREEN 1では、シアター形状に合わせて設計されたオーダーメイドのスピーカーシステムを採用。ステージ側にはライブや演劇にも対応できるハイパワーユニットを使い、サラウンド側もステージスピーカーに近い構成としています。
現在のプレミアムシアターでは、こうしたカスタムスピーカーに加え、LOVE PSYCHEDELICOのNAOKI氏による音響調整も特徴として打ち出されています。
「SAION」のような固有名称がなくても、劇場に合わせて専用のスピーカー構成や音響調整を行うという意味では、かなり独自性の強い音響です。
ブランド名の有無だけで、音響への力の入れ方を判断することはできません。
Dolby Atmosは「映画館独自の音響」とは少し違う
ここで比較のためにDolby Atmosにも触れておきます。
Dolby Atmosは、特定の映画館チェーンだけが使う独自名称ではありません。
Dolbyが提供している音響方式で、さまざまな映画館が採用しています。
天井を含めてスピーカーを配置し、音を三次元的な空間の中に配置・移動させられることが大きな特徴です。
その意味では、
Dolby Atmos=複数の映画館で採用される共通の音響方式
SAIONやFLEXOUNDなど=個々の映画館や設備側の独自性が強い仕組み
という違いがあります。
ただし、両者は対立するものではありません。
たとえばSAION -SR EDITION-を採用したスクリーンでDolby Atmosを利用する例もあります。
「どちらが上か」というより、別の役割を持つものが同じスクリーンの中で併存できるという関係です。
独自音響を完全に分類するのは難しい
ここまで見ると、独自音響にはある程度の傾向があります。
SAIONはパワーやレスポンス、作品ごとの音響調整。FLEXOUNDは座席から直接伝わる音と振動。Sculpted Surroundは客席全体へ良好な音を届けるための音場づくり。VIVE AUDIOはリボンドライバーなどを使った広いリスニングエリア。VSoundは体感できる振動。
ただし、これは厳密な分類ではありません。
SAIONにもスピーカー配置がありますし、Sculpted Surroundにも音響調整があります。FLEXOUNDも劇場のスピーカーとは別々に存在するわけではなく、通常の音響と組み合わせて使われます。
さらにSolaシアターのように、一つのシステムをベースとして劇場独自のチューニングが加わる例もあります。
映画館の独自音響は、設備を一つずつ箱に分けるよりも、それぞれが何を特に重視しているのかを見る方が実態に近いでしょう。
同じ映画館でも、スクリーンによって音響は違う
もう一つ覚えておきたいのが、映画館単位ではなくスクリーン単位で設備が違うことです。
ある映画館にSculpted SurroundやDolby Atmosが導入されていても、自分が観る作品がそのスクリーンで上映されるとは限りません。
反対に、109シネマズプレミアム新宿のように、全シアターに共通した独自音響を導入している劇場もあります。
映画館を音響で選ぶなら、
「この映画館に何があるか」だけでなく、「この上映回がどのスクリーンなのか」
まで見ると、設備の違いが実際の映画選びにつながります。
映画館選びで、音響も一つの材料に
独自音響の名称を全部覚える必要はありません。
ただ、何を特徴としているのかを少し知っておくと、映画館の見え方は変わります。
音楽ライブならSAIONのように大音量とレスポンスを強く打ち出した音響が気になるかもしれません。
できるだけ座席位置に左右されず音を聞きたいなら、Sculpted SurroundやVIVE AUDIOの考え方が気になるかもしれません。
座席から伝わる音や振動まで含めて楽しみたいなら、FLEXOUNDやVSoundという選択肢もあります。
もちろん、作品との相性や好みもあるため、設備名だけでどれが最適かは決まりません。
それでも、上映時間と場所だけで映画館を選ぶより、
「この作品を、どんな音の環境で観るか」
という見方を一つ増やすことはできます。
このサイトでは、東京・神奈川の上映スケジュールについて、スクリーン設備や音響設備から上映回を探せるようにもしています。
気になる音響があれば、「その設備で今どんな作品が上映されているのか」から映画館を探してみるのも面白いと思います。

